|
細胞は誰のものなのか
産まれたばかりの赤ちゃんの包皮(ペニスの皮膚)を一部切り取る、割礼の習慣が欧米には残っています。
このペニスの皮膚をもとに、新しいビジネスがアメリカで発達しています。これらの胎児細胞を原料に、皮膚を培養し、これをやけどなどで広範囲の皮膚を失ってしまった人に移植することが可能になったのです。このような産業を、ティッシュ・エンジニアリングといいます。日本では、組織工学、または再生医学と訳されています。
人間の細胞組織は1度失われると、取り戻せないと考えられてきました。皮膚の切り傷や骨折は適切な処置をすれば回復しますが、事故で失った片腕が自然に回復することはあり得ません。
広い範囲のやけども、人体に備わった自然治癒力を越えたものなら、失われた健康な皮膚は元に戻ることはありません。ところが、このティッシュ・エンジニアリングの技術を使えば、赤ちゃんの包皮1平方センチが約百万倍にも増殖するのです。この「培養皮膚」はほとんど無色透明ですが、やけどになったところに移植すると、回復に従って患者さんの皮膚の色に変わっていきます。この培養皮膚を、アメリカのベンチャー企業オルガノジェネシス社が商品化に成功、1998年から「アプリグラフ」という商品名で販売を開始しています。
他人の皮膚を移植しても拒絶反応が起きるため、いままで皮膚移植といえば、自分の体の皮膚を切除して火傷などで失われた部分に移植していたことからみると、画期的な技術です。
やけどになったとき、培養皮膚を移植し数日経つと、その部分に自分自身の皮膚細胞が現れるようになり、やがて完全に自分の皮膚に置きかわっていきます。移植した培養皮膚は、その間に死んでいきますが無害です。値段は直径3インチあたり、約1000ドルです。
日本でもティッシュ・エンジニアリングに取り組む企業が現れました。1999年2月、主な事業内容が「培養皮膚、培養軟骨、培養骨の研究開発、その成果にもとづく製造・供給」の「ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング」が愛知県蒲郡市に設立されたのです。同社では、歯を抜いたときに付着している口腔粘膜細胞を使って培養皮膚をつくる技術を確立し、すでに100以上を臨床応用し安全性が確認されています。近いうちに、医療機関向けに日本国内でも販売が開始される見込みです。
この技術の普及で救われる患者が増えることは明らかですが、その細胞は誰のものなのかという倫理的問題が残されています。アメリカでは、細胞提供者にはその「所有権がない」と見なされています。なぜなら、もし、細胞の提供者が所有権を主張したら、ビジネスによって得た利益の一部を配分する必要がでるかもしれないからです。また、新しい技術であるために予期しない事故が起きる可能性も否定できません。そして、人間の細胞を売買することが許されるのか、という問題も残されています。産まれたばかりの赤ちゃんが何も知らないように、私たちもティッシュ・エンジニアリングの将来についてまだ何もわかっていないのです。
2001年11月12日
|