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精神も肉体の一部と再認識
爪とは肉体的な老廃物で、髪の毛は精神的な老廃物であると称した人がいたが、この表現は何とも的を得ているようで好きである。精神という目に見えない人間の器官が、髪の毛という具体的な形となって現れるのだ。素直に受け止めれば、精神も肉体の一部なのだと再認識し、改めて肉体と精神は切り離しては、考えられないものだと思えてくる。
詰まるところ、病気とは精神的な要因が少なからず関わりがある、ということなのである。例えば、思い悩んで髪の毛や眉毛が抜けてしまったとか、胃に潰瘍ができるなど、事例はたくさんある。症状がでれば、治療は患部を如何に改善するかが最優先し、原因を理解したところで後の祭り。何とも厄介な悪循環。何とか精神的な段階で、良い塩梅に病気の予防はできないものだろうか。
いつの頃からか“癒し”という言葉がクローズ・アップされ、癒しを謳った様々なもので国中が覆い尽くされた。そうなった現在、癒しは本来の効力を失い、骨抜きにされた言葉だけが先行しているかに見えてならない。思うに癒しとは、見知らぬ他人が作ったものに求めるのではなく、一人ひとりにそれぞれあるものだと思う。つまり、心から自分が癒されることとは、自分で見つけない限り似非(えせ)に過ぎないのではなかろうか。
季節は、ただでさえうっとうしい梅雨である。こんな時こそ気持ち(精神)を爽やかに転換することが、あらゆる病気の予防になると思う。
路地をそぞろ歩き、紫陽花を見つけたりする。すると「紫陽花はやっぱりピーカンよりも雨模様の方が映えるものだ」などと思えてくる。そして、そんなことを思う心のゆとり−がある自分を再認識するだけでも、気持ちが清清しくなるものだ。お金もかからない、ささやかなれど私にとっては立派な病気の予防に他ならない。
2001年6月11日
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