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ストレスは限界を教える能力
いつの間にか桜も見頃を過ぎ、フッと空を見上げれば葉桜の向こうに、五色の吹流しがそよ風にスー…。「何だよ、もうお節句かい? チョイト気が早くないか」と思っていても、やはり良いものだ。こういうもので季節を感じる、そんな余裕を常日頃持つべきである。
5月と云えば端午の節句に母の日、それにゴールデン・ウィークとイベントが目白押し。ウキウキワクワクの人も多いだろうが、反面『五月病』を発症し、スッカリ気落ちしてしまう、新社会人の方も中にはいるのではなかろうか。
五月病は、希望に胸躍らせて社会の仲間入りを果たした面々が理想と現実の狭間に揉まれ、自分を見失ってしまう厄介な病気。しかし、裏を返せば甘えとわがままな気分を清算できないだけではないのか。かく云う私も20代は5月と云わず、毎月の様に“五月病”を患い、何遍も仕事に就いては辞め、を繰り返していた。今思えば、様々なストレスを発散させる術を知らず、逃げることで五月病を回避していたような気もする。
ストレスとは精神や肉体が不調を訴えている様の呼び名として広く認知され、当たり前だが、誰もがストレス=悪い状態と思っている。しかし、本当にストレスを解消したいのなら、この暗黙の共通認識を改めるべきである。経験から云えば、ストレスを感じられるうちは、まだまだ身体が正常に機能しようと頑張っている証拠。本当にヤバくなると、それすら感じられず、本人の自覚がないまま病気への道をまっしぐらに突き進んでしまう。
つまりストレスとは、そうなる前の最後の抵抗であり、「そこが貴方の限界ですよ」と親切に教えてくれる大切な身体の能力なのである。まずは、ありがたい気持ちで受け入れ、冗談でも「イヤー、ストレス溜まっちゃって」などと口にするものではない。真摯な態度でストレスに向き合うことから、ストレス解消の道は開かれる。五月病とて同じ。漠然とした病名の印象に呑まれないで、真っ向から対峙すれば、解消の方法が見つかるはず。原因は何? 自分のわがままや意地など、案外つまらないことが病気の素だったりする。
(つづく)
2001年5月17日
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