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ささやかな朝食の楽しみ
6時に目が覚める。体温、脈拍と体重を測定し、トイレへ直行。尿糖を自分で検査した後、ナースステーションにて血液を採取し、朝食前のインシュリンを自分で注射する。
手洗い場でポットにお湯を注ぎ、病室に戻ると、おっつけ朝食となる。一杯分ずつパックになったレギュラーコーヒーをいれ、朝食に必ず付いてくる牛乳を注ぎ、ミルクコーヒーにする。ささやかな朝食の楽しみである。
チンマリした朝食で、なるべく腹が膨れる様に、これでもかといわんばかりに沢山噛んでから飲み込む。
朝食後のちょっとしたハプニング
朝食が済むと30分ほど横になり、それから運動療法と称する散歩へ出掛ける。いわゆる早歩きで15分歩き、病院に帰ると丁度回診の時間。病室に戻ってみると、向かいの男性のところに看護婦さんがすでに来ていた。
聞くとはなしに二人の会話が耳に入る。彼は、若かった頃、陸上選手で活躍していたことを、当時の写真を見せながら看護婦さんに語っている様だ。
一通り聞き終わると、看護婦さんが言った。「○○さん、陸上選手をなさってた時は頑張ってたと思うな。だから、その時の気持ちになって、リハビリも頑張らなくちゃね」と。
すると男性は「リハビリは辛いんだよ。アンタにはわからないよ、それが」とポツリ。
苛立ちを抑えて言ったこの一言は、私だけでなく看護婦さんにもこたえたのか、彼女をしばし絶句に追い込んでしまった。
若い頃の、弾むような青春が、リハビリをサボらない様にと釘をさされる結果を招こうとは、きついオチがついたものだ。
「病気と闘っているんだ。」
男性の一言には確かに“甘え”を感じたが、それ以上に耐えがたい挫折感と孤独感をたたえていた。看護婦さんも、それに気付いたのか、それ以上、余計なことは言わず、病室を後にした。
この様な、使い古しのドラマが如き光景が、何気なく目の前で繰り広げられる、それが病院である。私は、他人事ではないこの現実から目を背けないことも“闘病”なのだと思い、「シッカリしなきゃ」と、心で何度も呟くしかなかった。
(つづく)
2001年1月22日
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