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アマ〜イ闘病生活は、どこ?
入院に際し、看護婦さんから渡された一枚の紙には、『糖尿病教育カリキュラム』と題してあり、2週間の入院期間に受けるべき授業の内容が記してあった。いわゆる"時間割"である。さらに、糖尿病の教科書2冊を買わされた。時間割と教科書。私は「まるで自動車の教習所だな」などと思い、ますます想像していた入院生活(看護婦さんや見舞い客に甘え放題のアマ〜イ闘病生活のことだ!)から、現実は遠ざかっていく。そして入院初日から、講義がとっとと始まっていった。
忌まわしい病名"糖尿病”の由来
最初の授業は院長自らが教壇に立ち『糖尿病とは』という講義。内容は、原因や発生といった糖尿病全般に関することである。
食べ物に含まれる糖質は、消化されてブドウ糖となり、吸収されて血液中に入り、それが筋肉などに入ってエネルギー源として使われる。これが毎日繰り返され、我々は生きることができる訳だが、糖尿病になると、ブドウ糖が血液から筋肉に入らなくなってしまう。これが"血糖値が上がる"メカニズムであり、さらにエネルギーにならなかったブドウ糖はやがて尿と一緒に排泄されてしまうのであり、これが"糖尿病"という忌まわしい病名の由来でもある。と、まぁ、私が糖尿病を解説するとこんな具合になる。
ちなみに教科書には、血糖値が高ければ、尿に糖が出ないからといって糖尿病ではないとはいえない、てなことが記してある。だったら血糖病でも良いではないか、と思えてくる。
「だから何なの?」
そんな塩梅で愚痴りながら、私は「だから何なの?」と言いたくなった。だって身体のどこかが痛いわけでもなく、いたって普通に見えるのに「どうしろと言うの」って感じである。
教科書の1ページ目にこう記してあった。「成人に多いインスリン非依存型糖尿病は、無症状のうちに発生しています。」そう、つまり糖尿病とは、人にもよるが、痛みを伴わない、目に見えないもの・・・・。そんな霞でも相手にするかのような闘いなのである。
(つづく)
2000年9月11日
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